東野としひろブログ

東野の日々の活動や想いを書いています

平和記念朝起き会

 8月6日午前5時から嶋多目的研修所で行われた平和記念朝起き会に、今年も参加してきました。私が初めて朝起き会に参加したのは、西脇市黒田庄町が合併した平成17年8月6日の平和記念朝起き会からでした。今年で、11年目になります。
 平和記念朝起き会では、毎回、上廣榮治前会長著『倫理がひらく君たちの未来』の「ピカドン」の拝読がされます。上廣哲彦初代会長が、8月6日に広島で被爆し、原爆症との戦いの半年間、病床の中で思いめぐらした思想が実践倫理の基本哲学でした。峠三吉さんの『にんげんをかえせ』も、読み上げられました。
 私も演壇の場を与えていただき、平和記念朝起き会の意義とシベリア帰りの私の父と沖縄戦で戦死した叔父のことを話させてもらいました。私の父は、大正12年生まれで、現在満93歳です。徴兵検査で甲種合格になり、姫路連隊の一員として満洲へ派遣されます。満洲終戦を迎え、2年半市バリア抑留されました。幸い、生きて舞鶴港に帰って来ることができました。父は、帰郷の強い想いを持ちながらも、飢えや寒さで無念の死を迎えた戦友の話をよくします。
 私の母の兄は、志願兵として沖縄へ従軍しました。通信兵として活躍したのですが、残念ながら、沖縄戦で戦死しました。通信兵だったこともあり、戦死の公報とともに届いた遺骨箱には、遺骨ではなく沖縄の石が入っていたそうです。母の話によると、叔父は本好きで眼鏡をかけており、私によく似ていたそうです。沖縄県糸満市摩文仁の丘にある兵庫県ののじぎくの碑に「小東 正」の名前が刻まれています。
 父が無事に帰ってきてくれたおかげで、今の私が生まれました。叔父たちの尊い命のお蔭で、現在の日本の平和が築かれました。そのことを決して忘れてはいけないと、強く思っています。
 沖縄県石垣島西脇市から嫁がれた女性の方が、帰省されており演題で話されたことが印象に残っています。その女性は、4人の子どもがいるそうですが、出産するたびに、沖縄の地域のお爺さんやお婆さんから『ありがとうよ』と言ってもらっているそうです。『命は宝』と考える沖縄の人たちの、生き方だと思いました。私たちは、日本で唯一戦闘が行われ多くの命を奪われた経験を持ち、現在も基地で苦しんでいる沖縄の人から学ぶ必要があるように感じました。
 8月6日、日本人が平和について考え、世界に平和を発信する大切な日です。平和朝起き会に参加して、改めてそのことを痛感しました。ありがとうございました。